スリーフットラインはいつ引かれたのかな……

体の調子が悪くちょっとお休みしていました。今日から復活します。

今夜は“スリーフットラインについての”「だからどうなの話し」。

西岡選手と白井審判はスリーフットラインにスポットライトを当ててくれて、このラインがいつ引かれ、その要因は何だろうかと考えさせてくれた。

このラインが引かれたのは

①恐らく捕手からの送球を妨害するフェアープレー精神に反した選手がいた。

②一塁手と打者走者が接触してケガをする事故があった。

これのいずれかがラインが引かれた要因なのだろう。

では、いつごろこのラインは引かれたのだろうか? 

私が調べた範囲では

①明治16年(1883年)F・Wストレンジ著『OUT DOOR GAME』にある野球競技場の図にスリーフットラインはない。

②明治29年(1896年)中馬庚著『野球』にある野球競技場の図にスリーフットラインはない。

③明治35年(1902年)『野球に友』にある野球競技場の図にスリーフットラインはある。

とすると、明治30年から明治34年の期間に西岡選手のように「打った瞬間、……送球が当たってくれ!と白線ギリギリに走った」フェアープレー精神に反した選手がいたのかもしれない。

その走塁を「最初から守備を妨害しようとする意図があった」とフェアープレーに反した行為とみなした白井球審のような素晴らしい審判員がいたのかもしれない。

それからスリーフットラインの必要性が生じてラインが引かれたにのではないか……。

この二人はこのラインを野球ファン記憶させた功労者だといえる……。

というわけで、今夜もだからどうなの話し。