3000試合出場が間近な友寄正人審判員の経歴と初出場の日に何があったか?

友寄正人審判員の出身地は沖縄。いままで3人いる。渡真利克則さんと名幸一明審判員。渡真利克則さんは現役審判員でない。友寄正人審判員は初の沖縄出身である。

現在NPB所属の審判員で友寄正人審判員より採用年月日が古いのは3人。審判技術委員の林忠良さん、谷博さん、井野修審判長だけである。3人とも現役審判員ではない。友寄正人審判員は現役審判員では最古参になる。

2013年5月22日現在、出場試合は2967試合で採用年月日が古い3人の出場試合より多くなった。いま、NPBで最多出場審判員である。

初出場は採用された1978年から2年後の1980年7月31日(22歳で一軍出場)、阪神対中日戦。

この日の球審は3360試合出場した福井宏審判員(以下最終出場試合数)。一塁塁審は2819試合出場した竹元勝雄審判員。三塁塁審は3042試合出場した柏木敏夫審判員。ライト線審は3263試合出場した井上忠行審判員。そうそうたるメンバーと一緒に出場していたことになる。

友寄正人審判員はレフト線審。9回裏に初めて1軍の試合で頭の上で手を回す本塁打ジェスチャーをした。中日の木俣選手が左翼席に2点本塁打をしたのだ。

因みにこの日、衣笠祥雄選手は飯田徳治選手が記録していた1246試合連続出場記録に並んだ。そして、その翌日、野村克也選手が3000試合出場を達成した。

友寄正人審判員は初出場の当日と翌日に偉大な記録が達成されたことを記憶されているだろうか? 

というわけで、今回もだからどうなの話し。