世の中いろいろなことがあるもんですな 3,000試合出場修正編

今夜は“3,000試合出場審判員についての”「だからどうなの話し」。

『2014年グリーンブック』に審判員出場試合ランキング(1,000試合以上)が掲載された。

その【注意】には「※セ・パ統合後を機に再集計の結果、過去の出場記録において多くの集計ミスが判明。今年度版で修正し掲載しました」と記されていた。

ベスト19までの修正結果一覧表が上記図である。

修正された結果の感想をちょっと記す。

前川芳男審判員が3,009試合から2,987試合になった。3,000試合達成審判員でなくなる。

友寄正人審判員は昨年3,000試合達成した。その際に19人目となっていた。18人目になる。

もう一人富沢宏哉審判員は1989年10月10日に3,776試合達成した。この日が最終出場試合だった。

これは当時の鈴木セ・リーグ会長から「富士山の高さまでやれ。富士山は日本一。君も日本一になる」を守った結果だった。

ところが今回の修正で2試合減ってしまった。富士山の標高が2メートル減らない。その限り「富士山は日本一。君も日本一になる」ではない。残念なことだと推察する。

私も審判員出場データをコツコツ入力している。私の手元にある1975年以後の『グリーンブック』『ブルーブック』と違うことがあった。疑問に思うこともあった。

これでやっと私家版『アンパイア・メディアガイドブック』の作成に一歩進める。

審判員の中には忸怩たる思いの方がいるかもしれない。でも、これが審判員のキャリア記録の第一歩だ。

これから私もコツコツ審判員の出場記録を調べていく。そのデータと照合できる公のデータをNPB記録部が公表してくれた。

NPB記録部にありがとうとお礼を述べる。

というわけで、今夜もだからどうなの話し。