セ・リーグ最多得点試合で最多判定をした審判員は誰だ?

今夜は“最多得点試合の判定についての”「だからどうなの話し」。

今年もデータから見た審判員の営みを書いていきます。

よろしく。

まあどうでもいいといえばそれだけの話だが……。

今日から1994年の審判員のデータを調べ始めた。4月9日パ・リーグ開幕日オリックス-ダイエー1回戦(神戸球場)。ダイエーは17対6で大勝した。両チーム合わせた得点は23点。

ということは、球審は延べ23名のホーム生還選手を確認し、判定しているのだ(一塁塁審が判定しているケースもありえるが、スコア・シートがないからここは球審が判定したとしよう)。

2リーグ制以後両チーム合わせた最多得点の試合はパ・リーグの1950年3月16日西鉄-東急、21対14で合計35点。

この試合内容の新聞を探したが現在、見つけることができない。

セ・リーグの最多得点試合は1950年10月17日大洋-中日、28対5で合計33点。最近の試合では1999年7月22日横浜-ヤクルト、22対11で合計33点。

この横浜-ヤクルト17回戦(横浜球場)では、球審は延べ33名のホーム生還選手を確認し、判定している。

大変な仕事だ。

一塁塁審、二塁塁審、三塁塁審は最低延べ33名の走者の触塁を確認している。

一塁塁審は触塁だけではない内野ゴロの打者走者の一塁判定をしている。その判定数はなんとこの試合では合計22名の打者走者を一塁で判定している。

延べ33名のホーム生還者の一塁ベース触塁と一塁ベース判定数延べ22名。

なんと55名の判定をしているのだ。

試合終了後は気づかれ、体力の限界を超えてぐったりだっただろうと想像する。

これは審判員応援者としてこのときの球審と一塁塁審の審判員は誰かを記録に残しておかなければならない。

球審は有隅昭二審判員、一塁塁審は眞鍋勝己審判員である。

横浜球場にいたら眞鍋勝己審判員に「心からお疲れさん」と言っていただろう(一塁塁審は内野ゴロ一塁封殺、併殺打一塁封殺、一塁邪飛をすべて判定したとして数えた)。

というわけで、今夜もだからどうなの話し。