9回二死までで無安打無得点試合なのに パ・リーグ編

今夜は“無安打無得点試合についての”「だからどうなの話し」。

9回二死まで無安打無得点で最後の打者が打席に立った。

投手、野手、審判員もだんだん緊張感が高まってきた。だが、安打されて無安打無得点試合達成を逃した。そんな試合の審判員を調べたのが表である。

2度逃した審判員は斎田忠利審判員。1965年7月15日の小山投手、1983年8月20日仁科投手が無安打無得点試合を逃した試合の球審を務めていた。その試合はロッテの前身の東京オリオンズとロッテオリオンズの試合だった。

投手で2度逃したのが仁科投手と西口投手。西口投手はただ一人の逃した安打が本塁打だった投手。

というわけで、今夜もだからどうなの話し。