表、裏、毎回三振を判定した球審は誰だ?

今夜は“毎回三振球審についての”だからどうなの話し。

久しぶりです。

1990年~1999年までの三振を調べていた。

この期間のセ・パ・両リーグの三振数は101,186。1試合あたり12.8三振。1イニングあたり1.4三振。1イニングは表と裏があるから0.7三振。

ということは9回にまで毎回奪三振した投手はすごいことをしたことになる。

1990年から1999年まで毎回奪三振した試合数は何試合あったか。

私のデータだとこの期間のセ・パ総試合数は7,906。毎回奪三振の試合は93。

だが、この93試合のほとんどはどちらかのチームが毎回奪三振した試合。

両チームが毎回奪三振の試合はこの期間に1試合しかなかった。それが図の試合である。

なんでこんなことを調べたか? 

スポーツ新聞に掲載されている毎回奪三振はどちらかのチームが毎回奪三振したときに記録として掲載される。

これは投手を主役にした記録だ。

球審を主役にすると毎回奪三振は両チームが毎回奪三振があった試合となる。

つまり球審がイニングの表、裏とも三振を判定した試合が球審の毎回奪三振試合なのだ。

それで調べてみたら1990年~1999年間で1試合しかなかった。たった1試合、ちょっとおどろきだった。

その球審は中村稔審判員。

これは審判員データお宝ボックスに名前を納めるに値する。というわけで、今夜もだからどうなの話し。