1990年中日対ヤクルト戦

4月11日、ヤクルト古田捕手が初出場した。このときの球審は友寄正人審判員。

5月29日、ヤクルト乱橋投手が7回裏1イニング2ボークは稀な出来事である。井野修球審が判定したのだろうか?

6月29日、中日宇野選手が1000三振、15人目。宣告したのは球審久保田治審判員。

7月20日、中日北野投手が1イニング5四死球。5四死球は稀な記録である。球審岡田功審判員が判定。

7月21日、ヤクルト池山選手が100本塁打を達成。球審友寄正人審判員が見届けている。

9月1日、ヤクルト池山選手がサイクル安打を記録。

球審井野修、一塁塁審久保友之、二塁塁審谷博三塁塁審平光清審判員が見届けている。

8月22日、中日小松投手が100勝を達成。球審久保田治審判員が見届けている。