やっぱ審判員はすごい。プレーを読み、自然に動くから

今夜は“審判員を尊敬することについての”「だからどうなの話し」。

あたりまえのことをあたりまえに自然にする。そんな人をプロという。

私はそういう人をすごいなと尊敬する。

2013年9月1日ヤクルト対横浜DeNA19回戦(神宮球場)。8回終了時点で1対1同点。

9回表横浜DeNAの攻撃。代打金城選手が右前安打。9回1対1同点無死走者一塁。

作戦は決まっている。打者石川選手は犠打だ。

ヤクルト守備陣はバンド守備態勢。川端三塁手、ユウイチ一塁手は投球と同時に前進ダッシュ。

そのときの眞鍋二塁塁審の位置は私(一塁側最上段席)から見て二塁ベースの左側(遊撃寄り)。

それが、石川選手がバンドする瞬間に1~2メートル左に寄った。ごく自然にあたりまえのように。

なぜか? 

川端選手がバンドを捕球して二塁に送球する。その送球に当たらないように左に寄ったのだ。

次に起こるプレーを読む。そして動く。ゲームの流れを邪魔しない。起こりそうなリスク避ける。

眞鍋審判員のファインプレーだ。と、私は判断した。

審判員はアウト・セーフを判定する。それが正確だから良い審判員だ。だから尊敬する。

だが、実は、審判員は試合の流れを壊さない。プレーを邪魔しない。それを読み、判断し、そして動く。

あたりまのことをあたりまえに自然にする。やっぱ眞鍋審判員は違う。と思った。

そして、それで私は感動していた。

試合を主宰し、作り、運営している。それが審判員の仕事。それを自然にこなす。だから尊敬できるのだ。

ビデオ判定を導入の賛否前に、審判員を尊敬できる理由は何なのか? 

それを野球ファンが自覚する。

そのことからビデオ判定の賛否が始まるのでは……。

というわけで、今夜もだからどうなの話し。