初打席満塁本塁打&あと三塁打でサイクル安打の選手は?

1958年(昭和33年)から2015年(平成27年)までの日本野球機構の公式スコアシートを野球殿堂博物館で閲覧できるようになった。

そこで、プロ野球史上たったひとりの「Only Play」選手、初めての「First Play」を見つけて、そのプレイの内容をスコアシートで読み解いた報告をする。

 

今回はプロ初打席で満塁本塁打を放ったたった一人の選手を取り上げる。

1983年4月10日読売対大洋第2戦(後楽園球場)で1回裏読売の攻撃で一死走者二(篠塚和典)・三塁(河埜和正)に4番原辰徳が打席に立ち四球を選び満塁となる。

5番スミスは右前直安打を放ち三塁走者(河埜和正)が生還し一死満塁が続く。

6番淡口憲治も右前直安打で三塁走者(篠塚和典)が生還して一死満塁が続くなかでプロ初打席の駒田徳広が打席に立った。

ボールカウント1ボール2ストライク後の大洋右田一彦投手が投じる4球目を右中間席に飛距離約100mの初打席満塁本塁打を放った。

駒田選手はこの日4打席立つが、第1打席は満塁本塁打、第2打席は二塁打、第3打席は三振降逃で出塁、第4打席は右直飛安打

もし三塁打を放っていれば初打席満塁本塁打とサイクル安打を記録していた。

因みにこの試合の駒田徳広の初打席満塁本塁打の生還を確認した球審は平光清審判員である。プロ最終打席満塁本塁打を放った田代富雄の生還も平光清審判員。初打席、最終打席満塁本塁打を両方の生還を平光清審判員は確認している。